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無意識注意報と警報 [気付き]

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前回の分と併せてお読みください。

*観念は無意識に反応します。ずっと*観念が自分だと思い込んで生きて来た私達にとっては、*観念が自分ではないことになかなか気付きません。
そこで「*気付き」や「在る」で*観念に気付いている状態になることが、当ブログでこれまでにお話して来たことです。
実践を重ねていけば、再度当ブログの書いたことを読み返して以前分からなかったことが分かるようになっていることもあると思います。それだけ*気付きが始まっているということですね。

そこで、どうしても繰り返されてしまう現実(現象)がある方は、盲点となっている*観念があるのではないかということです。
盲点になっているということは、無意識にそれを大事にしまいこんでいると思われます。どれだけ優れた人であっても、この盲点に気付かない場合が多いのです。
せっかく*本質に在っても、それだけは許せないという*観念があり、度々その許せない現実(現象)が出てきてしまいます。
比較的新しい*観念はすぐに気付けたりしますが、小さい頃に培われた*観念は深く仕舞い込まれていることがあります。これをあえてあぶり出して気付く必要はありませんが、繰り返される現実(現象)がやって来た際、それを一切の抵抗をせず受け止めて気付くことが肝要でしょう。
どこかで抵抗している自分がいるのです。許せないという*観念があるのです。
 
*観念によるネガティブな感情は、小さい頃から培われてきた*観念と比較的最近くっついた*観念があり、前者の方が感情的に激しくなることが多いのです。後者は無意識注意報ですが、前者は無意識警報として身体が反応しています。
多くは*気付きによって*観念は消えるか意に介さなくなりますが、一番大事にしている*観念は無意識に奥底に閉まっており、無意識にそのように振る舞ってしまう、いわば二重の無意識により盲点となっているのです。

面白いことに私が書いていることも、新しい*観念として形成され、元からあるあなたの*観念がその新しい*観念を利用することだってあるのです。
しかし、*気付きが身に付いている方にすれば釈迦に説法ですが、これからという方は*気付きを習慣にされると面白いほど自分の*観念に気付き、何であんなことで悩んでたんだろうと思うこともしばしば出て来るでしょう。
それだけ長らく私達は*観念とお付き合いしてきたのです。

*観念という不必要な鎧を脱いで軽くシンプルに楽しく生きる、それがこの世の楽しみ方ではないかと思うのです。

※文中に出てくる「*」は、言葉解説のページをご覧ください。

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